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蒼国来がこの2年で教えてくれたこと

ケイ商店 谷岡ケイ [印刷用ダウンロード:PDF


大相撲八百長問題。この問題の本質は,八百長があった/なかったということではない。また,その調査のずさんや,解雇手続きの強引さでもない。この問題の本質は,相撲界が「相撲とは何か」という自らのアイデンティティの根幹についての問いを,自ら一切あきらめたところにあったということを,本稿で私は強く指摘したい。

蒼国来が2年かけて勝ち取ったのは,土俵復帰という当然の結末だけではなく,むしろ,この問題の本質を人々に知らしめたところにある。蒼国来は,我々に,あらためて「相撲とは何か」を問いかけ,そして蒼国来自身でひとつの回答を示すという,2000年の相撲史上に深く深く刻み込まれるべき,相撲の神髄とも呼ぶべきそのあり方を教えてくれた。

以下,相撲界が自らを問わなかった八百長問題の顛末を振り返りながら,蒼国来が,どんなプロセスで,どんな態度と行為で,我々に「相撲とは何か」をどう,何と知らしめたのか,蒼国来が完全勝訴判決を受けた今,まず記しておきたい。

自らを問うこと

不祥事への対応

2011年初旬当時の大相撲界では,日本相撲協会が公益法人の認定を目指すさなか,暴力,大麻,賭博など,あきれるほどの問題が噴出し,その社会的な信用は地に落ちていた。日本相撲協会には,当然,これらの諸問題への対応が厳しく求められた。ここで大相撲界は,進む道を完全に誤った。ここでの判断の誤りが,八百長騒動のすべてだった。

ここで進む道は2つあった。一つは,同様の問題が再発しないよう策を講じる道。もう一つは,すべての問題の根本的な理由を徹底的に見つめなおす道。この二者は似ているようで,まったく違う。前者は他者に問うが,後者は自らに問う。この点で,まったく違う道である。

他者に問うことが可能になるのは,自らに問い続け,結果,自らの立場を明確に自覚したときだけだ。これはインタビューを思い出せばよくわかる。インタビュイーについて確固とした思想をもって挑むインタビューは,いつもみずみずしく,読んでもめっぽう面白い。他方,よく知りもしない相手を前にしてそれらしい質問をしたところでは,条文の箇条書きのようなおきまりの文句しか出てこない。他者の話を聞きたいときは,自らが何であるのか自らを問い詰めてしか,聞き取れないものだ。

この意味で,当時の相撲界はまさに何も聞き取れない状態のまま,つまり,自ら自らを問うことなく,他者にすべてを問うという,大きな誤りを犯してしまった。

理事長と理事会

2011年2月2日,八百長の記録メールの存在が明らかになったとき,普段相撲のことなどめったに触れないような雑誌等メディアでさえ,相撲における八百長とは何か,語源や歴史的逸話などを交えつつ,ファンの声を聴き,さまざまな議論があることを伝えていた。一方,当時の相撲界のトップであるといえる日本相撲協会理事長は,即座に,大相撲に八百長は「過去には一切なかったこと」(同日の会見)と発言した。そしてその判断の根拠は「裁判になったこともあったが、判決も出ている」(同会見)ところにあるとした。さらに同協会理事会は,ただちに外部有識者による特別調査委員会を設置し,その調査を全面的に依頼した。同時に理事長は監督官庁である文科省を訪れ「注意とお叱りを受けた」(同会見)とコメントした。

これはまさに,自ら自らを問うことなく,他者にすべてを問うという典型例のような行為群だ。あまりにも自ら問わんとする姿勢が欠如していることに,驚きさえ感じる。八百長とは何か,それは裁判所が認定するものだ。八百長は存在するか,それは特別調査委員会が決定することだ。この問題についてどう対応するのか,文科省に注意されないようにせねばならない――。徹頭徹尾,他者に問う。ここまで一切自らを問わないことができるかというほどだ。

自分が何かわからぬまま,他人に身をゆだねるとどうなるのか。この後の展開は自明だった。空の器に好きなものを入れてください,と言っているのだから。もちろん,好きなものをどんどん入れられた。

特別調査委員会

まず調査の全権を得た特別調査委員会は,報道によれば数千万円という単位の報酬を得,何十名もの弁護士を動員し,次々に調査が行われた。しかしいったい何を調査したのかは,はっきりしない。最終報告書(2011年5月26日)によれば,調査対象は「故意による無気力相撲」であるという。しかしそれは「客観的な物的な証拠が存在しない」「力士同士の合意により行われる」ものであるともいう。調査に際しての実際の契約文書の文言は知る由もないが,少なくともこの最終報告書の文面からは,いったいこの調査委員会は何を調査してくれと頼まれたのか,私にはさっぱり理解することができない。

これは当然である。協会トップが,過去には一切なかったことだと裁判所が言っていること,程度の表現でしか説明しない調査対象について,相撲の素人である調査委員会が何であると言えようか。

ただ,特別調査委員会は相撲は素人でも,法律や法的手続きについてはプロ中のプロだった。その職能をフルに活かして働いた。もとより「証拠が存在しない」案件をとにかく「調査」した。蒼国来はここで巻き込まれた。

その調査

「調査」とは,基本的に「関与したと考えられる力士の事情聴取」だった。特に,星のやり取りをしていることを示すメールの記録という証拠に残った力士らの証言内容が,調査結果の重要な部分を占めていた。蒼国来は,その証言の中で突如,名前が挙げられたのだった。

裁判を傍聴した印象の限り――また判決のとおり――,蒼国来に関する証言は,いわゆる信ぴょう性のないものだった。2回しか対戦がないのに3回のうち2回が八百長と言うし,それもはじめは2回やったと言ったものの1回になるし,蒼国来とはスポーツジムで会ったというが当時蒼国来はそのジムに行っていなかったし,十両に昇進して順調に地位を上げ続ける蒼国来が「まだ早いですが,仲間に入れてください」と話しかけたというし,そもそも蒼国来はこの証言者とほとんど面識さえない。しかし,調査委員は「お前はクロなんだ」と繰り返した。蒼国来が弁護士を通じて,適切な手続きによる調査を求める「意見書」を提出しても,かまうことなく「クロ」と認定した。携帯電話も通帳も提出するといっても,調べることなく「クロ」と認定した。(蛇足になるが,報道での「過去に八百長に関与したことがうかがえる」との判決文について付言すれば,星のやり取りをしているメール記録によって処分された力士がいるとおり,〈記者会見での説明によれば〉一般論として過去に八百長に関与した者がいたことがうかがえる,程度の意味であって,何より蒼国来の件についてはきっぱりとそれを否定している。)

その性質

基本的に弁護士集団である特別調査委員会は,その存在がそもそも寄付行為(財団法人の定款にあたるもの)に示されていない何の法的権限を持たないグループに過ぎず,また,この調査は協会から依頼された協会「内部の調査」であっていわゆる法的手続きではないことを知り抜いていた。顧客の満足のために,依頼にもとづいて,もちろん法は犯さず,ひたすら一所懸命成果を出すことに集中した。そして,ご所望の通り最終報告書をまとめ,相撲協会理事会(一方こちらは労働契約という法的手続きを行う立場)に提出した,それだけのことだった――この裁判において,特別調査委員会を代表して証人尋問に立った弁護士が言った「“こんなこと”にいつまで私の時間を使うんですか」と声を荒げたシーンは,私の脳裏から離れません。特別調査委員会の意味を思い知った瞬間でした――。

こうして蒼国来は,何を依頼したのか自分でわからない理事会から依頼された,特別調査委員会によって,何だかわからないことについてクロと認定され,そして理事会によって引退を勧告され,当然従わず,協会の秩序を乱した理由で解雇処分となったのだった。(裁判では,この解雇手続きについても当然に争点となり,そもそも引退を勧告される正当な理由がなく,また勧告に従わないことをして解雇事由にはなりえないことは,ともに判決で認められたようだ。)


そして,ここから蒼国来は,一貫して真実を主張する闘いの日々の中で,我々に,相撲とは何か,まざまざとその意味を知らしめてくれることになる。自分に問い続けた者だけが問える,深い深い問いとして――あまりに対照的なまでの態度で。

蒼国来とは誰か

ここで,蒼国来とは誰なのか,少し説明させていただきたい。特に,私にとって蒼国来とは誰なのかを,説明させていただきたい。

草原の地,内モンゴルからはるばるやってきた青年(というには,どことなく老成している雰囲気が強すぎるのだけれど)は,2003年春,荒汐がレスリングの中国ナショナルチームを視察した際,自ら荒汐を訪ね,入門を志願したことが,相撲人生の始まりだった。当時の荒汐部屋は,弟子1人。時津風部屋から独立したばかりで,部屋の存続そのものが危ぶまれる状況だったといっていいだろう。目当ての選手にふられて絶望の中,帰国しようとしていた荒汐の,部屋のドアをおもむろにたたいた青年は,紹介されるに「この子は人に迷惑をかけるようなことは絶対にありません。」とのことだった。これも出会いだな,荒汐はこのエンクトフシンを弟子にした。

伝承の中

よく相撲は,伝統あるものだ,と言われる。今の大相撲における伝統は,やはり,師匠から弟子へと連綿と受け継がれていくものが,大きな役割をになっているだろう。たとえば四股や塵浄水(ちりじょうず)などその所作一つ一つにしても,師匠から弟子へ,兄弟子から弟弟子へと伝え教えられていく。ところが,古い部屋であればそれは当然でも,新しい部屋となると兄弟子もいないので,師匠が一からすべてまず教えねばならない。

これが想像以上に結構タイヘンなこと。相撲という身体競技を伴う様々を教える世界であるから,当然,身体的にも自らが動いて教えるし,髷を結いちゃんこを食べという独特の生活スタイルもともに暮らして作法を教えるし,これはもうほとんど,自分の持ってるすべてをすべて弟子に捧げる毎日であるといって過言ではない。さらには,その弟子が内モンゴルの平原からやってきた,相撲を見たこともないような者であったなら,日本語はもちろん,ここで暮らすということ自体から教えていかねばならない。

そんなギリギリの毎日を過ごしながら,荒汐部屋は少しずつ弟子を増やし,蒼国来は怪我をしつつも文字通り死に物狂いの稽古で実力を伸ばし,部屋は10人を超え,そして蒼国来は関取になった。稽古場には白いまわしをつけた蒼国来がいて,よく胸を出し,疲れ切って動けなくなった弟弟子には「ほらもうちょっと,頑張って!」と微笑みながら激をとばしている。荒汐は厳しい視線でじっと稽古を見つめ,ときおり「おい蒼国来,教えてやれ。」と声をかける。そんな稽古場の毎日が訪れるまでになった。

稽古場

でも,今の荒汐部屋の稽古場には蒼国来はまだいない。最古参になったちゃんこ長・荒獅子の稽古に始まり,部屋頭の福轟力が絶えず身体を動かしながらも常にみんなの稽古を見守っている。幕下・三段目勢が互いに激しい稽古を繰り返し,序二段の稽古もみなそれぞれの課題をもって上を目指して励んでいる。行司がじっと番数を記録している。それだけに,こんなに悲しい稽古場があるだろうか。このみんなの相撲は,蒼国来でできている。荒汐が残された体力と精神力のすべてを注ぎ込んだ蒼国来が胸を出してつくった相撲だ。(荒汐が,「信じている」としか述べるコメントがなかったのも当然だ。自分のすべてである蒼国来を「信じている」以外になんとコメントできようか)。その相撲を見守る本人がいない。荒汐がすべてを捧げきった蒼国来が荒汐部屋の土俵にいない。私には,本場所土俵の蒼国来はもちろんのこと,この荒汐部屋の稽古場に蒼国来が帰ってくることが,なにより本当によかった,本当によかったと心から思う。

そんなわけで,私にとって蒼国来は,もう個人というより,荒汐親方も,荒汐部屋の今いる・引退した力士たちも,おかみさんも,支え続けている応援する多くの方も,もう全部の全部が蒼国来のような気がしてならない。

私も蒼国来

さて,そんな蒼国来のあり方は,蒼国来のこの裁判の中で常に示されてきた。

まず,たびたびメディアでも取り上げられているように,蒼国来のこの戦いを応援した人々の熱情は尋常ではなかった。2年の間ずっとそうだった。いったい何に憑かれているのかと思われるほどの熱情だ。この熱情の源泉は何なのだろう。確かに蒼国来は,ずっと,「皆様からの励ましだけが頼りです」「信じてくれてありがとう」そう心から繰り返し述べていた。それを意気に感じて,というところもあるだろうけれど,それだけでは理解できない強さがある。蒼国来が好きとか,ひどい調査が許せないとか,そういうことじゃない気がする。もっと,ひとりひとりが各自勝手に,自分自身の問題としての蒼国来,のような妙な蒼国来との一体感を感じていたところにあると思う。

蒼国来には確かにそういうところがある。自分の一部が蒼国来のような気がする,そんな風に思わせるところがある。それは,人柄がそんななのだろうけれど,結果として,蒼国来が理不尽な目にあったとき,自分が侵されたように実感させられている。たぶん,多くの人がそんな感じなんじゃないだろうか。これまで自分はどういう視線で相撲を見てきただろう,秩序や契約について信じてきたものは何だろう,どんな人に出会ったとき魅力的だと感じてきただろう・・・蒼国来を思うとき,ふと気づくと,何か自分の信念なり思想なりを振り返っている。そして蒼国来が,ここまで不合理な仕打ちにあっている,となると,もう自分に不合理がふりかかってきた問題として対峙せざるを得ない状態になっている。

そうでもなければ,勝訴の一報が出た後,次々に蒼国来にかけられた全国・全世界からの声が,皆,泣いているのは理解もできない。蒼国来自身が「みんな泣いてるんだけど,どうして?」と不思議がるほど,泣いている。感情が高まっているわけでもないのに,よかった,とも,うれしい,とも,ほっとした,とも,なんとも言えない感情のまま泣いている。

蒼国来が教えてくれたこと

こうして蒼国来は,相撲とは何か,我々に教えてくれた。蒼国来は,ただ「私の人生そのものである土俵に復帰したい」その一念で裁判を闘った。彼にとって,相撲とは何か,それは土俵に立ち相撲を取ることだった。そして,入門以来これまでずっとそうしてきた。だから,一番たりとも八百長どころか気力乏しく取った相撲さえないのが蒼国来だ――だから余計にそれをわけのわからない「クロ」認定呼ばわりされることに皆,憤っているのだ――。

そしてその相撲には荒汐が受け継いだ相撲のすべてが込められていて,そしてその相撲は弟弟子にまた受け継がれている。我々はそんな蒼国来の相撲にすっかり魅了されている。我が事としての相撲として魅了されている。これが相撲の本質だ。師匠・力士たちによる命がけの伝承,観衆・観客による力士との不思議な合一感,蒼国来は,このとてもひとことでは語りようもない相撲の偉大な本質を,はっきりと示してくれた。

未来の相撲に向けて

日本相撲協会は本質的に興行団体であるから,お客さんを集めることを一番の目的とする。そのために,相撲とは(史実はともかくとして)「伝統ある」「神事である」「国技である」ことをその本質として,喧伝してきた。そして「土俵の充実」こそがその王道であるとして,白熱した取組を何よりよしとしてきた。しかし,それでは「栃若時代」「ウルフ旋風」「若貴ブーム」などといった一時の興行的成功については説明できようけれど,相撲を絶えず支え続けてきた人々(かつてのタニマチから,今の蒼国来勝手連まで)の熱狂を何もとらえることはできない――かつての巡業「改革」の失敗が象徴するように。

蒼国来は大相撲界に,まず自ら自らを問うことのないものは,他者に何も問うことはできないことを,教えてくれた。そして伝承を重ねる相撲において自らを問い続けるものは,人をこの上なく魅了することも知らしめた。大相撲は,蒼国来の行いから何を学び,どう生かすか,再び判断を求められている。二度と誤った道を歩むことがあってはならない。相撲は「相撲」によってしか相撲たりえないことを,もう忘れてはならない。

おしまい(裁判を約2年見届け終え,2013年3月26日記す)


追記:2013年4月4日

日本相撲協会に「お相撲さん」が帰ってきた――北の湖理事長は,蒼国来と師匠荒汐に「申し訳なかった」と直々に謝罪したという。自分が下した判断でもないのに頭を下げるとは,しかも大横綱・現理事長が平幕力士と一親方に。この骨の髄まで「相撲」が染み込んだ理事長にとっても,蒼国来の2年はやはり我が事としての2年だったのだろう。

力士が力士として相撲にとりくむ,そんな当たり前の毎日が,相撲界に戻ってきつつあるのだろう,そうしみじみと実感しています。いやぁ,よかった,よかった。


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