特集:Abhainn Dearg Distillery(アビンジャラク蒸留所)

更新:[2013-10-08]

もくじ

Photo

アビンジャラク蒸留所とは

Photo Caslabhat川とアビンジャラク蒸留所

アビンジャラク蒸留所は,2008年,マルコことMark Tayburn(マーク・テイバーン)が,チェス駒でおなじみのUig(ウィグ)のCarnish(カーニッシュ)村に設立した蒸留所。2011年現在,蒸留所としてはスコットランド最西に位置し*1,その規模は生産年間1万リットルと,スコットランド最小規模だろう。

「アビンジャラク」とはゲール語で「赤い川」の意。蒸留所の横を流れるAbhainn Caslabhatのことで,「この川が血に染まったのであった」みたいな伝説がいろいろあって,そう呼ばれるようになったそうな。といっても,いつなぜ血に染まったのかって聞いても特に誰も知らず,なんとなぁく「昔むかし,我々の先祖が,ここを支配してきたノルウェー人と戦って,勇敢にやっつけて,奴らの死体をバンバン投げ込んだか,岩にしばりつけたかしたら,川が赤く染まったのであった」みたいな話がいろいろある,という感じ。実際,ピートをたっぷり吸った水によって河原の石が赤茶けています。


Photo 駐車場にはUigのチェス駒のオブジェが

見学もできます。見学時間は公式サイトで要確認。毎日やってることをそのまま見てくれればいいということで,特に設備などはありません(前まで泊りがけのビジターツアーもやってたんだけど,今はしらない)。もちろん案内はちゃんとしてくれます。


歴史*3

Photo ボトルに添えられたリーフレット。Uig Sandにマルコの牛と樽。

そもそもこの蒸留所には,アウター・ヘブリディーズ伝統の酒の復活の願いが込められています。アウター・ヘブリディーズはスコットランドにありながら,かつ最高の水をもちながら,19世紀半ばに短期間存在したStewart MackenzieによるShoeburn Distilleryを最後に,なんと今や1件もウィスキー蒸留所がありません(ビール醸造所は同じくルイス島にHebridean Breweryがありますが,こちらも2000年開業と新しいです)。

もともとはルイス島でも普通にウィスキーを作っていました。といっても,本当に「普通に」で,つまりそこらで勝手に作っていて,アル中とか健康問題とか,まああんまりよろしくない風習がはびこる原因でもありました。そこで,そのMackenzieは,「ずっと美味しい酒を合法的に作って売れば,島民の健康も良くなる」と思って14,000ポンドをはたいてShoeburn蒸留所を作ったわけです。実際,なかなか美味しいウィスキーを作って結構売れたようです。売れすぎて,島民の口に届く前に,ほとんど街で飲みまくられてしまったのですが。

しかし,1844年,この島がJames Mathesonに買収されていまいます。なんという不幸か,なんとこの人,禁酒論者で,(記録はないそうですがたぶん)蒸留所ごとぶっこわしてしまって,代わりにLews Castleを建てちゃったみたいです(もっとも,それ以前に,インド貿易の失敗とかで経営破綻してしまってたようですが)。

以来,結局この島には,ひっそりとどこかで密造の歴史だけが残り,「ウィスキーの蒸留所」はなくなってしまったのです。

しかし,その歴史はやはり酒への情熱を保ち続け,今日,酒飲みの祭典the MODの開催に合わせて,清く正しい蒸留所が,テイバーンによってルイス島に復活したのでした。


製法*4

Photo 全景

小さな蒸留所ですが,その製法はなかなかあれこれとこだわりがあります。コンセプトは「畑からボトルまで」。基本的には,この島に伝わる伝統的製法(400年前にFynes MorysonとかMartin Martinとかいう旅行作家らが残した記録があるらしい)によるものだそうです。

ちなみにここ,景色も抜群かというとそうでもなくて,目の前は採石場なので,かなり殺風景です。また,この敷地も,元水産加工場を改装して蒸留所としたものなので,マスやイワナの孵化場だったという大きな水槽が転がっていて,一見あまり美しくはありません。

Photo いくらでも取れるピート。

まず原料の大麦。自らを「Eco Warrior」だと言うマルコは,ウィスキー作りは農業の一貫であるべきで,特にこういう小作農業地域ではそうだ,との信念があるそうです*5――なので,牛(Highland cattle:長い角の生えたやつ[Wikipedia])も飼ってます。

というわけで,麦も自家栽培です。近くのUigでの10エーカーの麦畑から始めました[写真]が,結局足らないということで,最近,ストーノウェイ空港のすぐ近くのMelbostに広い麦畑をもったそうです。もともとルイス島では畑作なんてほとんどやってませんが(かつてカラスムギを栽培していたことはあるらしいけど),それは逆に,土壌が農薬や肥料でまったく汚染されていないということでもあり,非常に美しい土で栽培できるという利点になっています。

ただ,やはり量が足らない(新しい畑で年6トンちょっと,欲しいのは40トン)のと,たぶんモルティングを全部自前でするのはちょっと厳しいようで,自家栽培は20%くらい。あとはインヴァネスのBairds MaltというところからBlack Isle産のを買っているそうです。ピートレベルは35〜40ppmと軽め。

ただし自家栽培分は,モルティングもここで行っています[写真動画]。このモルティング・フロアーは上の全景写真,左下の赤い屋根の建物ですね(その右にはミルも見えます)。乾燥はこのフロアの端っこにある小さいスペースのところが網みたいになってて後の壁には煙突みたいなのがあるので,ここがキルン代わりなんでしょう。ルイス島のピートを焚いているとのことです。

Photo 蒸留所から河口方面を見渡す。

そして水。これはもちろん蒸留所の名のとおり「アビンジャラク川(Abhainn Dearg)」ことAbhainn Caslabhatの水を用います。水をじゃんじゃん使える環境です。

蒸留所はほぼ河口付近にあるのですが,水源のLoch Raonasgail(ラオナスゲール湖),あるいはそのさらに源流からこの河口まで,この川には人間が関与する場所がまったくない(こんな感じ)ので,相当きれいな水です。牛や羊の放牧地帯さえありません。いるのはトレッキング・マニアくらいです。しかも結構な急流なので,サーと流れてくるまさに天然ろ過水のようなもので,かすかに甘い匂いがする,触った感じでもかなりやわらかい水です。この水が,ここの酒にかなり強烈なキャラクターを与えているのは間違いありません。すべての行程でこの水を使用しています。電気もこの水で発電してるようです。

とある日本人が,この水で割って飲みたい,と,川で水を大量に汲んで持って帰ったそうです。すごい執念。

仕込み・発酵

Photo マッシュ・タン

小さいながらも設備は結構しっかりしていて,密造酒とはレベルが違います。マッシュ・タン(Mash tun)は2台。ステンレス製で容量は500kg。自動混ぜ混ぜ器がちゃんとついてます。MWのステッカーがありますが,特注でしょうか。その下のステンレスのが,ウォートクーラーなのでしょうか。とにかくすべてがちっちゃいです。

ウォートの残りカスは自分の牛のエサになります。


Photo ウォッシュ・バック

ウォッシュ・バック(Wash Backs)は2器。Douglas fir(アメリカ・ベイマツ)製で容量はそれぞれ7,500リットル。これはなかなか大きくて豪華。

酵母については知りません。

蒸留

Photo ポット・スチル

見ものはここ!ルイス島伝統のヒル・スチル(Hebridean hill still:要はここいらのそこらの丘でやってた密造蒸留法)。見てのとおり,かなり特殊な風体をしています。たぶん向かって右がウォッシュ・スチル(wash still)で容量2,112L。左のスピリット・スチル(spirit still)のほうは2,057L。エドラダワーより小さいんでしょうか。でも本当はロッホユーよろしく,もっと小さい200リットルくらいの蒸留器で始めたかったそうですが,認可が下りなかったとのこと。

熱源は普通のボイラーでの間接,Shanghai Huanuan Boiler & Vessel(上海华暖热力设备制造有限公司:英中合弁企業らしい)製のコレ

冷却はともにオーク製のワームタブで銅の冷却管。

樽詰め・ボトリング・販売

Photo スピリッツ・レシーバー

リザーバーもすべて木製(アメリカン・オーク)です。フォアショットもフェイントも全部オークのリザーバーで受けるところが特徴だそうで,これが特有の香りをもたらしているとのこと。


Photo ウエアハウス

樽詰めされたら,向かいの小さなウエアハウスで熟成されます。樽は,Speyside Cooperageで,マルコが一樽一樽チェックして仕入れてきます。バーボン樽とシェリー樽を使っています。年ごとに色分してあります。

他にも40リットルという小さい樽もあるそうですが,このうち1樽は,グラスゴーのMacSorley's Barで飲めるそうです[出典]。さらに小さい30リットル樽は,かつてやってた宿泊ツアーのお客さん用のお持ち帰りマイ・ウィスキー用のようです。

ちなみに,島への恩返し,ということで,1樽使うごとに,木を1本植えているそうです。

そして,瓶詰めもラベリングも,3人で手作業で行っている模様。実際,ラッピングとかものすごい手作り感がにじみ出てます。ついでに販売も公式サイトでのネット販売と,蒸留所直売のみが基本。あとは,島内はじめスコットランド各地のPubで飲めるのでしょう。

保守・管理

規模からして,年がら年中,作りまくっているというわけではないようです。しかし,ワームタブやらウォッシュバックやら,木製の樽類は,乾かしてしまうとどんどん痩せてしまうので,じゃばじゃば水を入れて手入れをしてました。

とはいえ,まだできて間もない蒸留所なので,作ったら作っただけ貯蔵すべき樽がたまっていく状態です。なので新しいウェアハウスを建設中。これまでのと同じく,石のブロックを積んだだけの簡素な建物です。


製品

Spirit of Lewis

写Photo The Spirit of Lewis

2008年初出荷のニュー・スピリッツです。シェリー樽での熟成後,ノンチルのまま40%まで加水して出荷。熟成期間が3ヶ月と超短いため,ウィスキーを名乗ることができません(法令で最低3年が義務付けられている)。

味は,まさにアビンジャラクの水のキャラクターを思いっきり感じるもの。潮風,草,土,ルイス島の自然の香りが次々と堪能でき,評判もなかなか(参考)。500ccで25ポンド。最初の出荷分は木箱入りで38.8ポンドでしたが,現在のは赤紫の紙筒ケース入りで28ポンド。

ウィスキーではないものの,このSpirits of Lewisがこの蒸留所のキャラクターをもっともよく表している味だと思います。正直なところ,アビンジャラクの川の水の味を知ってる人しか,この味のおもしろさは堪能しきれないでしょう。

Abhainn Dearg Single Molt Special Edition

Photo Abhainn Dearg Single Molt Special Edition

いよいよ2011年10月,発売されたシングルモルト・ウィスキーがこちら。アウター・ヘブリディーズから約170年ぶりに誕生する合法酒(除,ビール)になります。

ゲール芸術祭とでもいえるRoyal National Mod公式サイト]がストーノウェイをメイン会場に行われるのを記念して,これに合わせてファースト・フィルが2011本限定で出荷されました。このお祭りは呑め呑め祭り(別称「ウィスキー・オリンピック」)でもあって,当地で一番人気のウィスキーWhyte & Mackayの年間消費量の半分がこの祭で消費されるほど*2。つまりは,お祝いにまぁ飲んでくれということでしょう。

こちらはバッファロー・トレース(全部がそうかどうかは知らない)のバーボン樽で3年の熟成,シングルカスクのノンチルで,46%に加水されてのハンドボトリングです。この初期ロットは2013年時点でまだ売ってます。私が2011年に入手したときはCask number 6(4~7がSpecial Editionとして出荷)で,Lot numberは700番台でした。

想定では10年,最低7年の樽熟成を想定して仕込んだそうで,3年ものは,まあオープン記念で出したということのようです。そのせいかお値段は500ccで150ポンドとべらぼうにお高い。完全にご祝儀価格ですね。

以上,日本からのお求めは直営オンラインショップで,と思ったら,よほど面倒だったのか,日本への出荷はやめてしまったみたいです。ちょっと高くなりますが,TheWhiskyBarrel.comなど通販サイトでお買い求めください。

現地限定:Abhainn Dearg Single Molt 廉価版

Photo Abhainn Dearg Single Molt

そして,現地でしか手に入らないのがこのAbhainn Dearg Single Molt 廉価版。なんとお値段35ポンド!

Special Editionとちがい,オークの立派な箱にこそ入っていませんが,たぶん味はそんなに変わらないと思います(高いほうをまだ飲んでないのでわかりませんが)。「Scotch Whiskey」と書いてあるので,3年以上ものであることは間違いないし,そもそも蒸留所で直接買えるんだから,ヘンな素性のものではありません。ただ,何年の樽なのか,どの樽なのかなど,情報がまったく記載されていません。3年しか持ちそうにない樽から選別して出しているのかもしれません。

現地蒸留所のほか,ストーノウェイのGoodfood Boutiqueなどで買うことができます。

裏ワザ

この廉価版は現地限定ですが,同じくらいの値段で日本で買う方法をお教えしましょう。それは,ミニチュアボトル(50ml)を買う!。単位量あたりSpecial Editionの半額程度になるはずです(それでも高いけど)。さらにミニチュアボトルには,カスク・ストレングスもありますので,ここの川の水の個性が強すぎてウィスキーとしての味がワカラン,という方には,このCask Strengthをおすすめします。

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